世界のインテリアを変えた女性、ペリアンが日本に遺したもの



1954年、日本滞在中に銚子を訪れた際のシャルロット・ペリアン。撮影/ジャック・マルタン。©Archives Charlotte Perriand – ADAGP, Paris & SPDA, Tokyo, 2011

激動の時代を軽やかに駆け抜け、1999年に96歳でこの世を去るまで、建築家・デザイナーとして、常に第一線で活躍し続けたモダニズムのミューズ、シャルロット・ペリアン。20世紀を代表する偉大な建築家、ル・コルビュジエのパートナーとして彼女が手がけた作品は枚挙にいとまがない。むろん、ル・コルビュジエのアトリエを離れてからの世界を股にかけた活躍ぶりも、多くの人が知るところだ。

彼女の名が実際の功績に比べて十分に知られていないとすれば、その理由のひとつは、「名声を得ること」に無頓着だったためだろう。ペリアンはチームワークを創作の基本とし、自らの高い美意識と信念を貫きながら、各地で出会う伝統や人々から受けるインスピレーションをも柔軟に取り入れ、「人間の幸福」と「未来」を常に思い描きつつ前進を続けた。


日本の文化や工芸に強く興味を持ったペリアンが文楽から着想した「オンブル(影)」。プロトタイプは三好木工製の黒染色仕上げでわずか10mmの成型合板製。天童木工から14mmの板厚で市販され、後に17mmに変更された(写真は天童木工の17mm版)。オンブルは当時、日本の木工技術で製作された名作チェアで、日本とペリアンの深い関わりを象徴している。現在はCassinaが復刻。/撮影協力:designshop

彼女の活躍はあまりに幅広く、何から語るべきか選択に苦しむところだが、まずはこんなエピソードを紹介しよう。若き日のペリアンを初めて世に知らしめた出世作、「屋根裏のバー(1927年)」を創作中のことだ。普通ならインテリアの参考に家具屋街にでも通うところを、ペリアンは「毎日シャンゼリゼで車に見とれていた」という。自動車の美しさにすっかり取り憑かれてしまったのだと。確かに、当時の自動車はモダンデザインをリードしていた。その美しさに触発されて「屋根裏のバー」が生まれ、この作品をきっかけにル・コルビュジエのアトリエに入所することも決まったわけだ。美しいクルマを愛する私たちにとって、ペリアンへの興味がさらに増すエピソードのひとつではないだろうか。

A WIDE- ANGLE EYE、扇のように広く目を開きなさい、というのが、ペリアンの口癖だった。好奇心旺盛な人物としても知られ、娘であるペルネット・ペリアン=バルサックさんに「普通に散歩しているときにも周りをよく見なさい。写真でもスケッチでもいいから、見たものをとどめるのよ」とよく言ったという。好奇心と広い視野、豊かな感性、行動力、強い意志。これらを持ち合わせた女性だったからこそ、ペリアンのデザインは家具であれ建築物であれ、100年近くたった今見ても、決して古びることはなく美しいのだろう。
 

ル・コルビュジエとの共作として有名なLCシリーズの1作目「LC1」、通称「バスキュラン」。自由に動く背を持つ椅子として世界的に知られている。/Cassina ixc.

ペリアンが残した家具の中でもとくに有名なのは、今なお復刻品が販売され続けている「LCシリーズ」だ。1928年にデザインされ翌年のサロン・ドートンヌにて初めて発表されたLC5を除くLC1からLC10までのこのシリーズは、人間工学に基づくアプローチで世界初の「快適な座り心地」を追求した椅子やテーブルとして、また斬新な素材とデザインを実現させた家具として、大いなる驚きと賞賛を持って迎えられた。
 

「グランコンフォール」(大いなる快適)と呼ばれるLC2。金属パイプのフレームに肉厚な革のクッションをはめこむという単純な構造だが、まさに大いなる快適性を実現させた名作。/Cassina ixc.
 
「LC4シェーズ・ロング」(写真左)。オブジェのような優美さを持ち合わせているだけでなく、脚や体全体を休められ、海に浮かんだような座り心地を実現させた。その構造の完璧性は、実際に体を横たえてみるとよくわかる。写真右の白いソファは、2人用グランコンフォール。/Cassina ixc.
 
今年春のミラノサローネの際、カッシーナ社からの商品化が話題となった竹製のシェーズ・ロング「トウキョウ」。ペリアンが日本滞在中の1940年に一点モノとしてデザインしたものをカッシーナが復元し、商品化した。日本に古来伝わる柔軟な竹の加工技術を最大限に活かし、人体のくつろぎと自然の美を融合させた名品。/Cassina ixc.
 
1983年にデザインされたフレキシブルなキャビネット「PLURIMA(プルリマ)」。間仕切りとしても利用でき、日本の襖を連想させる可動式スライドパネルが、ボリュームと余白の変化を自在に演出する。現代のインテリアに大きな影響を与えた名作のひとつ。/Cassina ixc.

LCシリーズはル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンの3名による共作で、一般にはル・コルビュジエの椅子として知られている。しかし実際には「ペリアンの椅子」と呼んでもいいくらい、彼女のアイディアから生み出されたものだ。とはいえ、建築家やデザイナーの世界では、たとえアシスタントの作品であっても代表者、この場合はル・コルビュジエの名前で発表するのが通例である。ジャンヌレはル・コルビュジエの従兄弟であり最も重要なパートナーであったから彼の名は明確にするとしても、ペリアンはこのとき20代前半、まだ駆け出しのデザイナーだった。それでもあえてル・コルビュジエは3人の連名で発表したのだ。彼がいかにペリアンの才能を評価し、信頼していたかを象徴する一件といえよう。
 

LCシリーズは、今でこそ「あの名作椅子のことか」とすぐに思い当たるほど有名だし、実際に愛用している人は世界中にいる。しかし、このシリーズが発表された当時は、まだアールデコ的な装飾美が主流で、しかもそれは富や名声を持つ一部の権力者だけのものであった。そうした時代に反発する世界的な潮流として、建築、インテリア、ファッション、アートといった各分野で「モダニズム」が興隆したのだ。流行を追い求めたのではない、むしろその全く逆を行く「新たな理想」として、モダニストたちは自らの感性と信念に忠実に、この時代を切り開いていく。
 

美しいデザインを身近に置けるということは、人に大きな幸福をもたらす。使い勝手がいいというだけの理由で、たいして好みでもない、すぐに飽きてしまうようなデザインの家具をあえて身近に置きたいか?と自問してみれば、ペリアンたちがなぜここまで「フォルム」にこだわったかが自ずと見えてくるはずだ。そしてもちろん、その美しいフォルムは、何よりも実用性に基づいている。美しいデザインであり、なおかつ、便利で使いやすく、心地いい。これこそ「使う人、暮らす人の幸福感」を常に重視した結果のデザインなのだ。


 
今回の神奈川県立近代美術館 鎌倉での展示テーマが「シャルロット・ペリアンと日本」であることからもわかるように、彼女と日本との関わりは非常に深い。戦争目前の1940年に商工省の招聘を受けて初来日し、途中、戦争をはさんだ困難な時代を経ながらも、日本との交流は途切れることなく続いた。
 
初来日翌年の1941年、東京と大阪の髙島屋にてインテリアのあり方を示唆する「選擇・傳統・創造展」を開催、当時の日本に賞賛と驚きをもたらした。今回の「シャルロット・ペリアンと日本」展でもその様子が紹介されているが、この「選擇・傳統・創造展」の際、よいデザインを紹介するだけでなく、よくない例までもわざわざ×印とともに展示したという。彼女の「本気さ」を物語っていて、面白い。撮影/フランシス・ハール。©Archives Charlotte Perriand – ADAGP, Paris & SPDA, Tokyo, 2011
 
 
日本滞在中にはル・コルビュジエのアトリエ在籍中に同僚だった坂倉準三や前川國男をはじめ、今や日本を代表するプロダクト・デザイナーである柳宗理など、多くの建築家やデザイナーと交流して多大な影響を与えた。さらに、各地を精力的に訪問し、日本の伝統工芸のすばらしさに驚嘆しつつも、「懐古主義やフォークロアではなく、未来を見据えたデザインをするべき」という姿勢で、明確な提案と具体的な指導も行った。この辺りの詳細は、ぜひ「シャルロット・ペリアンと日本」展で目にしていただきたい。





1955年に開かれた「芸術の綜合への提案―コルビュジエ、レジェ、ペリアン3人展」
(東京髙島屋会場)。当時の日本にどれほどの衝撃と影響を与えたかが容易に想像できるくらい、古さを全く感じさせない。©Archives Charlotte Perriand – ADAGP, Paris & SPDA, Tokyo, 2011

初めて日本を訪れた際、宮廷から民家に至るまで共通して規格化された畳やふすま、周囲の景観をこわすことのない整然とした伝統的な日本建築を目にして、「ここには私のモダニズムの原理・原則のすべてがあるわ!」と驚嘆したというペリアン。しかし後年、「素晴らしい伝統があるのにどこかの国のような家ばかりになっている」と日本の友人に嘆き、また「それは伝統的な生活に戻れというワケではないのです。伝統から美徳を引き出し未来に繋げることが大切なのです
とも語ったという。彼女からのメッセージをきちんと読み取り活かしていくこと、つまり、自分たちの文化を誇らしく思うと同時に、未来をしっかり見据えた暮らし方を築き上げていくことが、今の私たちには必要なのかもしれない。

ペリアン自身もまた、日本の伝統や工芸技術に大きな影響を受けた。写真は、パリ・ユネスコ庭園内に作られたペリアンの「茶室」(1993年)。しなやかな竹を活かして帆を張り、背後の和紙には勅使河原宏氏による「飛」の文字を配した。撮影/ペルネット・ペリアン=バルサック、ジャック・バルサック。©Archives Charlotte Perriand – ADAGP, Paris & SPDA, Tokyo, 2011

神奈川県立近代美術館 鎌倉

「開館60周年 シャルロット・ペリアンと日本」(1月9日まで開催中)

巡回予定:
広島市現代美術館 2012年1月21日(土)〜3月11日(日)
目黒区美術館 2012年4月14日(土)〜6月10日(日)

取材・文 山根かおり

企画も手がける編集ライター。利き酒師。クッキングインストラクター。おいしいもの、こだわりの人、すてきな場所、丁寧な手仕事を目にすると、「もっと多くの人に伝えたい」と思わずにはいられない。旅と食が好き。旅先で地元の人が利用する市場やスーパーで調味料や食材を買い込み、帰国してからその味を再現するのが目下の楽しみ。Mondo Alfaでは、カメラマンの夫と共に真にすばらしいモノやコトを探して伝えている。

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